1992「ヤクルトvs西武」

1990年代の野球を象徴するもののひとつに、「ID野球」という言葉があります。
この時期の野球を知っている人であれば、この言葉が誰のものかご存知かと思います。
元ヤクルトスワローズ監督、野村克也さんの野球の代名詞です。



現在は元楽天監督としてあまりに有名なこの方は、現在における野球界の様々な常識を生み出した事でも知られています。
その中でも特にデータを重視するこのID野球は、非常にセンセーショナルな印象を与えました。
そして、そのID野球の集大成といえたのが、1992年の日本シリーズ、ヤクルトと西武の「死闘」でした。



初めて日本シリーズでぶつかったこの両雄、この際は森監督率いる西武が戦前の予想以上の大苦戦の末、勝利をものにしました。
しかしその内容は実に、歴史に残る名勝負。
実に7戦中5戦が9回を終わって1点差以内という大接戦が続きました。
第1戦の延長12回の杉浦選手のサヨナラ満塁ホームランは、今でも語り草です。
しかし本当の名勝負は、第4戦から始まりました。



西武の2勝1敗で迎えた4戦目は、ヤクルトが岡林、西武が渡辺智。
岡林は素晴らしい投球で西武打線を抑える一方、渡辺は乱調。
無失点ながら3回にランナーを溜めた時点で早くも二番手鹿取にマウンドを譲ります。
するとその鹿取が素晴らしいピッチングで、ヤクルトを完封。
岡林は1失点完投ながら敗戦投手となり、西武が王手をかけます。



さらに5戦目。
ヤクルトは中盤まで6対0と大量リードするも、ピッチャー交代が裏目に出て同点に追いつかれます。
それでも延長10回、池山のホームランで勝ち越してヤクルトが辛勝すると、6戦目も打ち合いから再び延長に突入し、秦のサヨナラホームランでまたもヤクルト勝利。
3試合連続1点差、2試合連続延長を制したヤクルトが逆王手をかけ、勢いは断然こちらに傾きます。



最終戦も西武石井丈とヤクルト岡林のエース同士がバツグンのピッチングで接戦を展開。
1対1で9回を終了し、なんと3試合連続延長戦に突入します。
しかし、最後は自力に勝る西武が秋山の犠牲フライで勝ち越し、そのまま逃げ切ります。
3試合連続延長1点差ゲームという史上稀に見る大激戦を制したのは、森西武でした。



尚、翌年も同じカードで戦い、こちらはヤクルトが4勝3敗で雪辱を果たしました。

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